□□ 01年8月12日
奥秩父瑞牆(みずがき)山の麓にあるキャンプ場に行った。ここには3年前、瑞牆山を登ったときにベースキャンプにした。林の中にあるキャンプ場で、ともても静かなところである。そして増富村まで下るととても良い鉱泉がある。ぼくのお気に入りのひとつになっている。
タープを張って道具を並べる
今年の夏も暑かった。涼しいところに行きたいという思いが強かったのと、次男のタクヤがどうしてもパラグライダーを経験してみたいというので、じゃ、その両方を実現するキャンプにしてみようと計画した。
キャンプ場から約1時間。小淵沢を越えた向こうに富士見パノラマスキー場がある。ここは夏場、MTBとパラグライダーのゲレンデになる。そこにある富士見パノラマパラグライダースクールにインターネットで予約をした。2日間のエントリーコースである。
初日の12日は家からキャンプ場(みずがき山ヘルシーランドというところだ)に向かった。家を6時に出たのだが、もう中央道は帰省ラッシュで激しく渋滞していた。それでも11時にはキャンプ場に到着した。
久しぶりにモンベルムーンライト7を建て、タープを広げた。テーブルも3つならべ、ぼくらのサイトを作った。このハイシーズンというのに隣りのサイトとは十分間隔があった。静かで落ち着ける。ぼくは深呼吸をしてさっそくビールを飲んだ。
キャンプ場を出て散歩する。林の中には、ユリやリンドウがきれいに咲いていた。林を抜けると忽然と人工的な広場が現れた。そういえば3年前に来たときに大型トラックが何台も往復し、林道のようなものを作っていた。その正体がこれだ。今年の夏、ここで植樹祭がおこなわれたようである。自然の木々をなぎ倒して植樹祭用の広場を作る。今もかわらないお役所の横暴だ。しかし、その広場に立つと瑞牆山がその異様な姿をきれいに見せてくれる。悲しいかなそれはそれでなかなか良い景色だ。
夕方、キャンプ場から林道を下り、増富村にある『増富の湯』というヘルシーランドへ湯に浸かりに行った。ここはもともとはラジウム鉱泉として有名なところだ。そこにいわゆる温泉センターができており、大人一人700円で入浴できる。風呂は、露天こそないが、源泉風呂やハーブ湯、冷水風呂などバラエティに富んでおり、とてもリラックスできる。ぼくの一番すきなお風呂である。
ひとっ風呂浴びてからキャンプ場に戻った。久しぶりに炭火で肉を焼く。この練炭七輪と手製のテーブルの組み合わせは、かれこれ6年使っている。キャンプでバーベキューをするなら、こういうのがいい。ぼくのお気に入りの道具だ。
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七輪で焼き肉
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下はこんなふうになってます
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ぼくとわが妻かおりさん、タクヤとゆっくり食事をして、9時に就寝。
□□ 01年8月13日
朝7時に起きた。コーヒーを入れて飲んだ。ぼおっとしている時間、これが実にいいのである。今日は朝ご飯は途中のどこかで食べることにしてある。富士見パノラマスキー場までどれくらい時間がかかるか判らないからだ。
キャンプ場から一気に駆け下り、須玉ICに乗り、八ヶ岳PAで朝食。ぼくは麦トロ飯。9時少し前、富士見パノラマスキー場に到着。さっそく申し込みに行く。ちょっと緊張するが、受付の女性がとても軽やかに対応してくれ、ぼくは安心して出番を待った。
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なんともはやお恥ずかしいこの格好
解説しますと背中側にハーネスがありまして、お腹側にグライダーを抱えている状態です
こんな格好では飛べません あしからず |
装備は、ヘルメット、手袋、膝当て、ハーネス(身体とグライダーをつなげる)、そしてグライダー本体だ。一連の説明のあと、これらを全部自分で担いでゲレンデに向かった。ジリジリと日差しが照りつけてくる。暑くなりそう。しまった、日焼け止めを忘れた。めっぽう日に弱い軟弱なわたしの肌はすでにカッカ、カッカとしてきている。
今日の訓練は、パラグライダーをうまく立ち上げられるようにすることである。スキー場の初心者コース。ここの斜面をグライダーを担いで登り、先生がメガホンで指導してくれる声、号令に合わせて斜面を全速で駆け下りる。2,3本繰り返すと、汗だくである。目眩がしてくる。空がやたらキラキラしている。いかん、貧血になる。おもわず草の斜面にへたりこむ。真正面には八ヶ岳がみえる。すでに斜面全体にカゲロウが立っている。
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肩の部分にグライダーをつなぎ止め、こんな格好でグライダーを束ねます |
グライダーを担ぎ上げて斜面をひたすら登ります
斜面の上にいるのは中級者
ぼくらは下のところ |
先生(画面左隅)の声に合わせて走る走る
しかしこれが難しい |
午前中、どうやってもグライダーが持ち上がらない。失敗ばかり繰り返す。腕が痛い。ハーネスが二の腕に食い込む。きっと痣ができているんだろうな。気落ちしながらまた斜面に立つ。号令に合わせて斜面に踏み出す。下から吹き上げてくる風を受ける。ガンと身体が後ろに引っ張られる。それに逆らってグライダーを両腕でエイヤっと引っ張る。手綱が垂直に持ち上がる。『走って!』と先生の声が響く。全速で斜面を駆け下りる。両手に握っているコントロールワイヤーを所定の位置に合わせる。すると、身体がフッと持ち上がる。あれ?足が地についてない!あっ!浮かんだ!ほんの3メートルくらいだが、ちょっと浮いた。
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ちょっと浮いてます!
グライダーが真上になって開いています
向こうには八ヶ岳がかすんでいます |
グライダーが浮き上がって地面と水平になると、そのままどんどん前に滑空しようとする。このとき下にいる人間のスピードがグライダーの滑空するスピードより遅いとたちまち失速する。だから人間はグライダーに負けないくらいのスピードで走らないといけないのだ。そうすると風をはらんだグライダーにようやく揚力が生まれる。そのときはじめて浮くのだ。理屈で判ってもそんなにタイミング良く、しかもグライダーを正しく持ち上げて、正しい位置で滑空させられない。コントロールワイヤーの位置取りが難しく、グライダーが右に左に迷走する。
結局、この日はなんとか5メートルくらい滑空しただけで終わった。午後3時。めちゃくちゃ疲れた。でも、充実の一日であった。
汗だくになった身体を富士見パノラマスキー場のすぐしたにある温泉で癒し、富士見町のスーパーで買い物をしてキャンプ場に戻った。戻って飲んだビールが、ホントにホントに美味かった。顔が日に焼けて真っ赤だ。午後8時30分に就寝。
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疲れてます
顔は真っ赤っか
明日が思いやられます |
□□ 01年8月14日
6時半起床。今日は、朝ご飯を食べてから出発する。今日も良い天気だ。途中ヒマワリがきれいに咲いている。
9時半。また昨日と同じ格好でゲレンデに向かう。足取りが重い。これで浮かなかったらどうしよう。授業料返せと言えないし。腕も足も痛い。ああ、もうゲレンデからカゲロウが立っている。暑いだろうなあ。苦しいだろうなあ。タクヤの顔をみると奴も同じようにうんざりしている。しかし、昨日、タクヤは20メートルは飛んでいる。身体が軽いのと若いのとで、上達が早そうだ。
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なんとなく空に浮かび始めたタクヤの赤い翼
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さて、おとーさん、行きますか!先生の声が背中を押す。この教室。生徒はどうみても(みなくても)ぼくより若い人ばかりだ。しかもカップルが多い。楽しい夏休み。健全な若人達である。ぼくは、どうみてもおっさん姿で(クビにタオル巻いて、軍手して、サングラスにヘルメット)、周囲からちょっと浮いているのは確かだが、もう姿カタチのことなどどうでも良い。早くお空の方に浮いて飛んでみたい。それだけである。わが妻かおりさんは昨日からゲレンデの脇でデジカメを構えているのだが、なかなか良いシャッターチャンスが無いようだ。
暑い、今日も斜面をひたすら登り、そして駆け下りるを繰り返した。そうしていたら、先生が、『はい、こんどはもっと上の斜面にいきましょう』とのたもうた。スキーでいえば、ようやくカニ歩きができるようになったので、ボーゲンの練習を始めよう、てなところか。一段と斜度のあるところまで登って、さてスタートだ。
『はーい、おとーさん、行きますよ』
『おねがいしまーす』
『はい、引っ張って、万歳!放して!走る!走る!走る!』
ちょっと解説しよう。引っ張ってというのは、グライダーをえんやこらと持ち上げる最初の動作。この合図で、グライダーの二本の太いメインロープとコントロールロープをにぎり、風に向かってグンと身体を前のめりに突き出すのである。
万歳!というのは、風をはらんだグライダーがちょうど身体の真上にきた状態を指す。すなわち両手が万歳をした状態。
放して!というのは、二本の太いメインロープをこのタイミングで手放し、こんどはコントロールロープだけに神経を集中するタイミングなのである。
走って!走って!走って!というのは、真上にきたグライダーに負けないように、斜面を下に向かって駆け下りる。そうすると、グライダーはますます風をはらみ、人間を真上に引き上げてくれるのである。
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ぐんと身体が上に引き上げられたそのとき |
浮いた!空にどんどんあがっていく! |
そしてグングングライダーは滑空する |
えっ?と思った瞬間だった。ぼくのからだがスウウっと宙に浮いた。グライダーがずんずん浮き上がっていくのである。あとは下にいる先生の指示に従ってコントロールロープを操縦する。浮いた!やった!先生も、わが妻もみんな上を見上げている。静かだ。耳を風がながれる音しか聞こえない。八ヶ岳が真正面に見える。グライダーがすううと飛んでいく。
『両手を一杯に引いて』
先生の声が背中のほうから聞こえる。両手を思いっきり下げ、コントロールロープを引き下げるとグライダーは揚力を失ってすっと地面に降りてくる。2,3歩歩くようにしてランディングである。やった!やった!やった!70メートルは飛んだ。初めての快感である。人間が唯一できないのは自力で空を飛ぶことである。人工の翼であるとはいえ、自分の力で助走し、そして飛ぶ。静かな空間に飛んでいくのは、快感である。自分の足の下になにもないことが不安にならない。不思議だ。
このあと、何本か飛び、結局100メートルほど飛べるようになった。楽しかった。タクヤも飛べた。なかなか表情を顔に出さない奴だが、満足している様子だった。
再び増富の湯に浸かり、疲れた身体を低温浴で癒した。この夜はスパゲティカルボナーラにした。ビールが実に美味かった。
□□ 01年8月15日
静かな朝だった。朝方降った雨が森に瑞々しさを与えている。ゆっくりトーストとベーコンエッグの朝食を取り撤収した。そしてまた暑い東京に戻った。