□□ 96年1月27日 『帰ってきた三毛猫』
ぼくの家には猫がいる。ふつうの三毛猫である。94年12月24日。クリスマスの日に小さな子猫がどこからともなく現れて、そのまま家に居着いてしまったのだ。
当時、ぼくは仕事の関係で愛知県の東のはずれにある田舎町に住んでいた。家のまわりは田圃と畑。自転車で15分も走れば三河湾にでることができた。夜は7時も過ぎると人の姿も消え、犬の遠吠えが遠く聞こえるような静かなところだった。
彼女は(猫のことだ)そんな田舎の自然を謳歌し、お腹が減れば家にもどり、眠くなれば子供のベッドにもぐり込む。畑では蝶々を追い、柿の木によじ登ってはすずめを追い回していた。
しかし、そんな平和な彼女の生活も一年しか続かなかった。95年12月、ぼくの転勤によって自然などほとんど無い東京に来てしまったのだ。
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mIKE家の三毛猫
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それからというもの、マンションの五階のコンクリートの部屋の中を探してみても、蝶々やすずめはいない。ベランダから下を見ても、いつもの畑はなく、ただアスファルトの敷き詰められた公園にだれもいないブランコが揺れているだけである。
そんなおり、町田に住むテールウォーク氏一家と青の原へデイキャンプに行く話がまとまった。よし、これは良い機会だ。うちの猫をやっと屋外に連れて行ける。
青の原キャンプ場についたのは、まことに天気のよろしい1月の土曜日、早朝9時であった。
我が家は家族全員5名と一匹。さて、とうの三毛猫はすでに1時間半のドライブに疲れ果て、なんでこんなところに連れてくんのよお、早くうちに返してよお、と、目で訴える。
ことさら、過保護に育てたわけではないのであるが、彼女は大変な人見知りで、知らない人がやってくるともう駄目だ。近寄らない、姿は絶対見せない、声も出さない。まして、つれてこられたのが、まったく知らないただのノッパラ。大好きな花も草もない。
紐を解かれた我が三毛猫はほふく前進の状態で、キャンプ場の脇にあるマスの養殖池のあたりから、笹藪の中に消えていった。あのあたりに潜んで様子をうかがい、腹が減ったらもどってこようという魂胆であろう。
ぼくらはといえば、三毛猫のことなどもう忘れ、デイキャンプに夢中である。
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子供たち
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まずは場所を確保し、テーブルやイスを取り出す。ちょうどキャンプサイトの中央部、屋根だけついたバーベキュー棟があって、その下に陣取る。
風はほとんど無いから、焚き火を燃やしてそのまわりにいれば全然寒さは感じない。
今日のメイン料理はダッジオーブンでつくるワイルドスープとスペアリブである。
テールウォーク氏が持参の薪に火をつけた。子供達がまわりを取り囲んでいる。次第にそこを中心にイスの輪が広がる。ぼくは、昨夜新宿のSRCで買ってきた豆炭をその中に放り込んだ。
火の回った豆炭をべつの囲炉裏に移し、ダッジオーブンを乗せる。ダッジオーブンには昨夜のうちに皮をむいた野菜や牛テールの固まりが入っている。
じっくりと炭火で熱をかけていくと、野菜と肉から旨みエキスが溶け出して実に良い味のスープができる。
さて、テールウォーク氏は生まれも育ちも江戸東京。しかしながら、なぜか田舎方面、川行き、山行き。アウトドアにはもっぱら精通している。フライロッドのさばきかた等には目を見張るものがある。木をなぎ倒すのも好きである。
くりくり目の奥さんは、キャンプ場でタルトなど焼いて優雅な午後の生活。そういうアウトドアな環境で育った二人の息子は、いまどき珍しいタイプのガキっ子である。野山を駆け回って燃料切れになる。こういう少年達は絶対に不良にはならない。
ダッジオーブンと焚き火を見ながら、都会派キャンパーのテールウォーク氏と話をした。
「mIKEさん、ぼくらの子供達もこういうふうに知り合った事を大事にして、いずれこの子供達だけで誘い合ってキャンプしてくれたら、いいよね」
「ほんとだね」
「こどもが自分のパソコン使って、自分たちのオフ計画にとーちゃん達も呼んでやろうぜ、なんてやってくれたら、って思いますよ」
「親子二代のキャンパー構想だね」
「そう、それに子供には早く自立してもらって子供同士で楽しんでもらい、ぼくらはぼくらだけで楽しくやりたいですよ」
なるほどなあ、そういう時代がくるかもしれないなあ、などとぼくは思ったのだが、将来の子供の姿を想像するのは難しかった。
(筆者注:このキャンプから9年半後の2005年8月末、テールウォーク氏のところの長男ヤス、我が家の長男マサキ、府中の浅太郎氏の長男ヨシの3人が、この青の原オートキャンプ場でキャンプをしました。このとき話をしたことがなんと、現実化してしまいました)
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テールウォークさん
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テールウォーク氏の奥さん、えっちゃんは年齢不詳、正体不明の面白さである。
ブラインドでキーを叩き文字入力ができるほど、キー配列に精通している。ビジネスウーマンである。
かと思えば、今日もりんごケーキなどをオーブンを使って簡単に焼いてしまう。セレブな奥様である。
かと思えば、突然旦那のテールウォーク氏に、ちゃんばらごっこを仕掛ける。下町生まれのじゃじゃ馬である。
話をすれば中学生のぼくの娘のほうと気が合う。
テールウォーク氏とは漫才をやっているような会話である。
「ねっ、テールさん、ビールとって」
「やーだ、よー」
「なんで、そういういじわるすんのよ、会社に電話するからね、ひとの名前使って、もしもしマリコですけど、なんて」
「マリコなんてしらないもん」
「あっ、昔の人のこと言われたから、態度がしどろもどろ」
「なに考えてんの」
「あああ、やっぱりそうだ、わたくし、くにに帰ります」
「どうぞ」
「あっ、本心吐いた、やっぱりそうなんだ、そう思ってんだ」
「・・・」
「まえから、思ってたんだあ、さいきん帰りもおそいし、この前だって夜中に酒飲んで帰ってきたし」
「あれはmIKEさんと飲んでたの」
「えっ?」(これはぼく)
スペアリブを七輪で焼く。マーが必死になって裏返す。子供達はみな食べたくてしかたがない。香ばしい煙が立ち上ってくる。焼けたそばから肉は消えてなくなる。
えっちゃんとテールウォーク氏は、チャーハンを作り始めた。あいかわらずあーだこーだと言いながらである。まったくこの家族をみていると、人間は元来陽気な生き物であるなあ、と納得してしまうのだ。
そんな事をしている間に、スープが良い匂いを漂わせ始めた。きょうはとろ火でじっくり煮込んであるからスープが澄んでいる。
良い香りがする。惜しむらくはトマトが入ってないことだけだが、コンソメとして飲んでも良いだろう。
どれ、味見をしてみよう。ううっ、旨い。野菜の甘い味がすごく良く出ているなかに牛肉のコクがふくよかである。申し分ない。自分ではそう思っている。
「どれどれ、いかがですか」などと言って、おかーさん方が味見。ああ、今日は良くできたんじゃない、とそっけなく言うのは我が妻かおりさんである。
「ああ、おいしい、わたしセロリはダメだけど、こんだけ煮込んであると全然臭くないし、たべられる」
と、えっちゃん。まずは成功と言うところかな。
途中、府中のキャンパー(彼をQちゃんと呼ぶことにする)がやって来た。
早速、Qちゃんにスープとチャーハンをすすめる。
Qちゃんも交えて焚き火のまわりで暖をとりながら、オフ会などの相談をした。あたりはもう夕暮れが迫ってきているのだったが、ぼくらはけらけらと笑いながら、いつまでも話し込んでしまった。
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楽しいキャンプだった
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さて、そんな頃、すっかり忘れ去られた存在の三毛はどうしたのであろうか。あれ以来ちっとも姿を見せないでいる。子供達は山の中をでっかい声を出して、駆け回っているから、臆病な彼女はあいかわらず物影に潜んでいるのかもしれない。どれ、ちょっと見てくるか。
笹藪の中を名前を呼んでみるが反応がない。むすめはちょっと心配になってしまったようで、さっきからはんべそをかいている。しかし、一向に三毛は見つからなかった。本当にいなくなってしまったらどうしようか。まさか置いて行くわけにもいかない。いざとなったらこのままテントを張ってキャンプするしかない。でもシュラフは持ってきてないな。いろんな事が頭の中に渦巻いてきてた。
そのときだった。やぶの中でキラリと何かが光った。目だ。ぼくはその場所に行って名前を呼ぶが、返事は無い。おおい、いたぞ、と子供達を呼ぶ。子供達もやぶに向かって三毛の名前を呼んだ。
「あっ、いた!」
「おとーさん、つかまえた!」
「捕獲成功!」
見知らぬ土地に放り出されて、すっかり疲れ果てた三毛猫はこのあとしばらく家で寝てばかりいた。
(筆者注:さて、我が家の三毛猫はもう12歳のおばあちゃんになっております。最近はベランダに出て遠くを眺めることもなく、明るいうちはひたすら寝ております。3人兄弟の一番下のタクヤのことが気になるらしく、彼が受験勉強などしておりますと、必ずその横の棚に座ってじっとペン先をみつめていたりしております)