□□91年8月
テントを借りはしたものの、初めてのキャンプに成功した我が家。さて次はどうするか、ということになった。
さっそくテントを購入しようというわが妻。
「ねえ、この前キャンプした時のあのテント。快適だったよね。ひさしもついてたし、荷物置き場もある。網が玄関についてるから蚊帳みたいになって、夜も涼しかった。ああいうのいいなー。」
すっかりその気である。
これまでにテーブルは買ったし、折り畳み式のイスも買った。バーベキューコンロも買った。調理にする七輪も買った。だのに、これ以上装備を、しかもテントといえば高価な代物だ、それを買ったらどうなる。
その年、我が家は車をエスティマに買い換えていた。その主な目的は家族旅行なのであった。車を大きくして、みんなで旅行する。しかし、車のローンによって資金は枯渇し、旅行どころか、家計すら危機に瀕していたのである。
わが妻はそんなことを知って知らずか、こころはすでに新しいテントに飛んでしまっているようである。
「テントを買う前に、タープを買おうよ」
「なにそれ」
「ほら、テントじゃなくて屋根みたいになっていたやつ。キャンプ場行ったとき、結構みんな張っていただろ」
「ああ、あのビニールシートみたいなのね。あれって工事現場にあるやつじゃないの?」
「違う、違う、種類が違う。それにテントより安そうだろ?」
それで、ぼくはビーパル別冊のキャンプカタログを購入してタープの種類と値段を調べはじめた。
それから再び池袋のSRCへ行った。
大きくて安いこと。そして工事現場を思い出させなくて、それらしい雰囲気のあること。
ぼくの求める条件にぴったりのものがあった。スポルディングのカナディアンウイングである。米国ブランドの韓国製。
この写真は95年の夏のキャンプです
銀色のタープがわが家のカナディアンウィング
(愛知東郷町山之内氏撮影)
SRCを出て、荷物を肩からバンドでつり下げて、ずしっとくるその重みを感じながら、ぼくは小田急に乗り換えた。このタープの試し張りを兼ねて川へ行ってみよう。お盆に田舎に帰るから、そのときにやってみよう。茜色に染まる家並みを窓越しに追いながら、ぼくは、ひとり考えていた。
お盆の連休。調布インターから中央自動車道へ入る。順調に走り、約4時間で郷里に着く。
「河原でバーベキューしようよ」
さっそく、両親そして妹一家と義母をさそってみる。みんなオッケーだ。4駆の軽トラにU字溝と炭を積んで両親がやってきた。なじみの肉屋から仕入れたたっぷりの肉を持って妹一家が到着する。水着に着替えた子供達はさっそく透明な水の中ではしゃぎまわる。
トモカ8歳、タクヤ2歳
さて、ついに来た。この時が。
頭の中で何回シミュレーションしたことだろう。まず場所を決めて一方のポールを立てて、2本の張り綱を均等に左右に開いてペグを打つ。次にもう一方のポールを立てるのと同時にタープ全体を持ち上げ、同様にペグを打つ。そして、両ウィングを開いて四隅の張り綱でたるみを調整する。青い空の下、すっくと浮かぶ銀色の屋根。完璧だ。
「おにーさん、こっちは火起こしてますから、ゆっくり飲って下さい」
妹の旦那が声をかけてくる。彼は私より年上なのだが、ちゃんと私をおにーさんと呼ぶ、今どきのめづらしい人である。
わが妻に介添えをたのんで、まずポールを支えてもらう。そして、張り綱をこう引っ張ってと、さてペグだ。ん?あれ?ペグが刺さらない。ここは河原じゃ、石ころごろごろ。まて、まてよ落ちついてマニュアルを思い出せ、そうだ、こういう時は石を重石にして綱を張るんだった。
「おーい、おにーさん、そろそろ焼きますよー、こっちきませんかー」
ちょっと待て。なんでそんな方でみんな集まってるんだ。このタープの下で一族郎党仲良く、にぎやかにやろうよ。
でもこんな張り方じゃ無理か。どっと汗が噴き出してきた。冷や汗も混じっている。
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河原でバーベキューの図
コンロはU字溝 |
お〜い、みんな手伝えよ〜。助けてください〜。よしよし、そうそう。その調子。ふーっ。なんとかサマになった。親父が見に来た。
「なんだか変なもんだのう。この下に人がはいるのか。なんだかせまーないか。」
「えっ?せっ…せまい?セマイ?SEMAI?」
「こうすりゃええ。」
と、父は近くに落ちていた2本の木の枝をとって、タープの内側からタープの両翼のそれぞれを突き上げるような形で持ち上げたのである。すると、あら不思議。タープの下の空間がググッと広がったのであった。快適だ。
マサキ5歳
真夏の光が落ちてくる河原で、ヘキサウィングが目一杯広がったその下を、山から風が吹き抜けていった。野外でビールを飲み、焼き肉を食べるというとても心地よい楽しみをぼくはこのとき実感したのであった。
その後のキャンプでは、このときの教訓をいかし、ヘキサウィングを張るときは、つねにポールを4本以上使用して、投影面積と翼下の空間を稼ぐようにした。
ますますキャンプが面白くなっていった頃のことである。