・・>おじさん達のクリスマス  
gotoTentgotoHome
タイトル: おじさん達のクリスマス 年月日: 1994年12月23日 場所: 愛知県民の森(愛知県)
あらすじ: 職場の仲間とキャンプ談義をやっていました
寒い時期のキャンプをやってみたいなどと、誰かが言い始めました
ところが、彼らは真冬のキャンプはおろか、まともなキャンプの経験すら少ない連中
それも面白い、などと誰かが相づちを打つものだから
ついにぼくと同僚3人は真冬のキャンプ場にいくことになったのでありました

 

□□ 1994年10月

 秋だった。ぼく達いつもの職場の仲間は、静岡県の山間にある
てんてんゴー渋川というところにキャンプに来ていた。ランタンの灯のきらめくタープの下で、辛ーいキムチ鍋をつっつきながら、いったい冬のキャンプというものは、どんな感じがするのだろうかという話題になった。
 奥さんと子供達はもうテントに入ってしまっている。

「mIKEは
冬にキャンプしたことあったんだっけ」
と、Tが聞いてきた。
「山行ってた頃には、雪山でビバークしたこともあったよ」
「どんな感じ?」
と、I。
「雪のあるのとないのとでは、相当違うけど、とにかく寒かった思いでが強いね。でも、真っ白の世界もまた
魅力的ではあるねえ」
「わたしらみたいに、常にぬるま湯に浸かってるような生活してる人間じゃ、とても我慢できないっすね」
とN。

 飲み食いしながらの議論であったが、結論として、何事も
極限を体験すれば、ある程度のつらさなんてのはへっちゃらになるのではないか、というところに落ち着いた。
 冬の寒さを体で覚えるには、厳冬期のキャンプを行うしかない。しかし、いきなり冷え込みのきつい酷寒の2月あたりをねらうのは、我々の体力、気力をみたばあい、非常に考え物である、そして、こんな危険なところへ女子供は連れていけないとの意見によって、2ヶ月後の12月23日に、男だけで
年忘れ寒さ体験キャンプを決行することにしたのである。
 企画の段階で軟弱さがかなり露呈しているのだが、この場にいあわせた4人は、気持ちだけは、極寒の荒野に挑む冒険者である。

 幕営地を決定するのに時間はほとんどかからなかった。

「えー、ではキャンプ地を考えたいとおもいますが、ご意見をどうぞ」
「やっぱ、あれじゃない、
温泉なんか近い方がいいんじゃない」
「え?・・・」
「そうそう、それと、ちゃんと
管理人がいなきゃ、もしもの連絡手段の確保ってやつ」
「次の日はクリスマスイブだから、絶対に家に帰らなきゃなんないもんね、だから
山場は勘弁ね。道が凍ってドカンなんて、いやだもんね」
「・・・・」
「できたら、
バンガローがいいな」
雪降らないとこね」
「最悪でも林の中がいいね、まっ、こんなとこで、適当に見つくろってよ、mIKEちゃん頼むわ」
「・・・・」

 大体、こんなお気楽な条件に合致するような場所、探したってそうそう見つからない。
 
愛知県民の森キャンプ場に即決である。


□□ 1994年12月

 昼食を各自とった上で午後1時に現地集合する事にしていた。快晴である。こんなに晴れたら、きっと明日の朝は冷え込むだろう。いいぞ、少しくらいは
つらい目に遭わなきゃ、彼らに男の人生のなんたるかを体感させなきゃいけないんだから。

 新城市内のスーパーで食料を調達する。今日の晩餐は、Nが仕入れてくる新鮮魚介のつかみ食い、Iの大好きな、すき焼き変化鍋(これは最初がすき焼きでだんだん様相が闇鍋っぽくなる男の料理である)、でも最後はまたキムチ鍋うどんごてごておじや風になるだろうけどね。

 国道を左に入って赤い橋を渡り、愛知県民の森駐車場に入る。早速受付をすます。今日は一般テントサイトに
テントを張る。せめてバンガローなんてやめようよ、というわたしの主張がようやく認められたのである。

「今日はオートキャンプのサイトに3組来てますねえ。」
と、暇そうな受付。

「一般サイトはおたく達だけですね。どこでもいいですよ。適当に張って下さい。荷物持って上へ行って。向こうには管理人がいるから、最初に説明を聞いて下さい。それじゃよろしく。」

 4人の荷物を2台のリアカーにどうにか載っけて、急坂を駆け上がる。
「おおい、そこいくお二人さん、どっから見ても
夜逃げだぞー」
とTがからかう。
 そういうTも、シュラフ持ってないからって、布団と枕を持参してきている。
 ぜーぜーと息を荒げてようやく到着。向こうにみえる小屋の前で誰かが手招きしている。

「はい、みなさんこちらに整列。気を付け、礼、こんにちはー」
「ちわ〜っす」
「ただいまより、本キャンプ場を使用するに当たっての
諸注意事項の説明を行います。代表の方はどなたですか。」
「へっ?、はっはい」
「えー、代表の方には、この当キャンプ場の特製ゴミ袋を預けますから、責任を持ってごみを片付けて下さい。次に、あれこれあれこれ・・・・・・」
 このキャンプ場、県の施設だっていうことは、今ここで
ゴミの分別回収について熱く語っている青年も公務員だよなあ。ということは、彼も今日は休日出勤してるのか。年も押し詰まった慌ただしいときに、感心なことだ。今時の公務員の人もなかなかやるなあ。ただ、ちょっとこの押しつけがましいのはなんとかならないでしょうか。まあいいか、悪い人じゃなさそうだし。この熱意は立派なもんだからな、我慢しとくか。

「・・・・ということで、トイレでは親指たてて、いちにっさん、でお願いします。さあ、
みなさんご一緒に
「トイレでは、おやゆびたてて、いち、に、さん」
「はい、ご苦労様でした」
 やれやれ。


 広いサイトは枯葉に埋もれ、他には誰もいない。杉の木立から差し込む光は、地面をオレンジ色にくっきり染めている。枯れ枝を踏みしめると、ぱきぱきという乾いた音があたりに大きく響いた。
テントを張る。ぼくのムーンライトとIがここぞとばかりに新調したコールマンドーム。場内に据え付けられたテーブルを囲むようにして
今日の宴会場が出来上がる。雨にはならないだろうからと、タープは張らないことにした。

 日が翳るに従って、寒さがしみこんできた。
どてら着込むやつ。スキーウェアでもこもこになっているやつ。あるだけのセーター着て腕の動きがロボットになってしまったやつ。に囲まれて、わたしはストレートのジーンズに薄手の英国製セーター、フォックスファイヤーのオーバーコートという実に洗練されたいでたちである。これくらいの寒さにガタガタしていてはいけません。やせ我慢してでも寒さを楽しむのです。

 宴会は、日が暮れてから始まった。どんなに騒いでも、声は冷たい大気の中に吸収されていってしまう。しかし、考えて見ればキャンプで男ばっか集まったのは最近ではこれが初めてだった。今日はおおいに飲もう。なんたって明日はクリスマスイブだ。
 バーベキューコンロの上では集めてきた枯れ枝がパチパチときれいに燃えている。ランタンの灯りに照らされた4人の姿以外に、他は何も見えない。

 夕刻から始まった晩餐の第一ラウンドが終わり、一息ついたときだった。

「いや、どうも。寒いっすな。さて、そろそろひとつ
温泉にでも入って来ませんか。みなさん」
「いいですなあ、ゲートが今夜8時に閉まるそうだから、早めに行った方がよいですな、mIKEさんどうですか」
行きたい人は行って下さい
「はいはい、そいじゃごめんなさいよっと」
「ぼくは
冬の寒さを体験するために、ここにきたのだ」
「はいはい、勝手にやっててね」

「・・・・」

 彼らが近くの湯谷温泉に行っている間、ぼくは場内を歩いて、薪を集めた。ランタンを片手に気分はインディ・ジョーンズである。自分の影がゆらゆらと揺れる。遠くにチラチラしているのは、オートキャンプをしている人たちの灯りだろうか。

 しばらくして、かれらが戻ってきた。

「いやー、最高、最高。やっぱ
厳冬期のキャンプっていうのはいいねえ。でも、なんかこう、少し期待はずれじゃない?。もうちょっとこうグッと厳しい寒さに身も凍るってなものがあると思っていたんだけどなあ。やっぱり、気力が充実してると違いますわ」
「冬のキャンプ、くせになりますな。
快適快適。まあこれで、ひとまず寒さの中での幕営というものについても、経験つんだわけだから、これからはどこでも行けますな。mIKEさん、これからもよろしくねっと」
「・・・・・」
 ぼくは、いくら仲のよい連中だといっても、今後彼らと冬のキャンプへ行くのは考えものだ、と思ったのであった。

 気を取り直して宴会の続きだ。
 それからの寒さは、期待どうりだった。なにもしないでいると、頬がごわごわしてくる。足の爪先から、耳から、指先から、腰から、ありとあらゆる身体の部分からじわじわと冷えてきた。それでもその夜は、薪がすべて燃え尽きてしまうまで、寝ようと言い出す奴はいなかった。

 空には冬の星座がチカチカと瞬いていた。あすはクリスマス・イブか。誰かがつぶやいた。

  

 

<・・おじさん達のクリスマス ・・>またバンガロー