□□ 01年10月6日
大井川にいった。
島田から県道を大井川沿いに遡り、川根温泉という看板が見えたところにある河原。
大井川鉄道の赤い鉄橋がかかり、SLが黒い煙を吐きながら2往復していく。
仕事の関係からたまたま知り合った、結成して12年の歴史をもつカヌー愛好家グループ『粗沈協会』の設立者である会長さんと事務局長さんに連れてきてもらった。カヌーの蘊蓄とテクニックを教わり、あとはもっぱら飲んでるだけ、という初心者にとって実にうれしい、キャンプ&カヌーなのである。
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今回のキャンプ地大井川の河原 向こうに大井川鉄道の鉄橋 右手に道の駅川根 川根温泉が併設されている |
河原についてテーブルとタープを広げ、まずビールで乾杯。
大井川の瀬音がザアザアと聞こえる。山のほうから吹き下ろしてくる風がとても爽やかである。林間に蒸気機関車の汽笛がこだまする。鉄橋をシュッポ、シュッポと機関車が渡っていく。ぼくたち以外にだれもいない。すこぶるいい気分である。
今日は、まずファルトボート一人艇に乗って、てきとうに漕ぎ、瀬の進み方などを教わる。流れの緩やかなところで、パドルの持ち方、漕ぎ方。瀬では、コース取りと岩と波の関係を教えてもらい、そのあとは、まあテキトーにやれや、ということで講習会終わり。ぼくも、テキトーにやってあとはビールと温泉がいいなあ、などと考える。このときもうちょっと真面目にやっていれば、翌日の悲劇はなかったと思うのだが。
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緩やかな場所で、テキトーに漕いでいるぼく |
写真でみるとなんでもない瀬であるが、本人はかなりビビリながらパドルを回している |
講習会が終わって買いだし。今日は旬のサンマで塩焼き。戻り鰹の刺身、あとは地場でとれたキュウリ、トマト、ジャガイモを生で食べたり、焼いて食べたりするだけ。
買い出しが終わり、キャンプ地から歩いて目と鼻の先にある川根温泉につかる。しょっぱい温泉につかっていると地元のオヤジさんが、ここの温泉の効用を説いてくれる。擦り傷、切り傷に良いという。
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川根温泉 非常にきれいな町民温泉 500円 |
サンマとジャガイモを七輪で |
身体を暖めて、さあ宴会。
協会長さんは50代、事務局長さんは40代のときにカヌーを始めた。始めて3回目で長良川を下り、長良川に畏れをなした。
『あの川はなんたってパワーがすごいよ、それに綺麗だ。3回目でいくなんて無謀だったけど、良い体験さ』
それから四万十川、熊野川、釧路川、魚野川、那珂川、大井川などを旅した。そのうちにメンバーが増えた。一台の車で四万十川へいったときは交代しながら運転し、22時間かかった。着いたら雨に降られっぱなし。
大井川のこの場所もなんども来た。そのうち半分は雨で夜中にたたき起こされ、非難した。この上にダムがあって、放水するからだ。
『カヌーとキャンプが楽しみでずっとこれまでやってきた。でも、これからはなあ、高血圧に気を付けなきゃいかんから、オレはカヌーはしないよ、ここで飲んでたほうが楽しいからさ』(協会長談)
9時になり、明日のために寝る。
□□ 01年10月7日
今日は大井川を下る。事務局長豊田さんの先導で、ぼくはそのあとをついてゆく。
『サングラスはひもついてるの?帽子は?一応ひもでなにかにくくりつけておいたほうがいいよ。沈したら絶対に流されるから』
協会長のこのアドバイス。あとで大正解だったことが判る。
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いよいよ出発である
ゴールは約15キロ下流
協会長が車で迎えにきてくれる手はず |
流れに乗る。
瀬が近づくとザアザアと音が聞こえてくる。ぼくは豊田さんの行ったコースを頭に入れてから瀬に突入する。すこし大きな瀬では、波がまともにぶつかってくる。それでもパドルを動かし続けないといけない。
判ってはいるが、怖くてつい手がとまる。そうするととたんに舟が不安定になる。
ああ、いけない!と思う瞬間、身体が固まる。それでも、なんとか進む。もともと大した難所があるわけではない大井川。カーブを曲がると広々とした流れになったりする。
頭上をサギが飛んでいく。
川縁の線路をSLがゆく。
川底に舟の影がうつる。
目の前を魚が飛び跳ねる。
静かな風が吹いていく。
およそ1時間下って一休み。
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広々と川は流れている |
途中2カ所、少し危ないところもあったが、なんとかやってきた。ここから先ものんびりいこう。
少し下ると釣り人が増えてきた。川幅が広いので、だれもなにも言わない。
なんと良い景色だ、などと思っていたら先導している豊田さんの姿が見えなくなった。
ずいぶん先に行ったみたいだ。
ぼくも進む。
川が左にカーブしている。
瀬音が聞こえる。
しかし、カーブの先がまったく見えない。
急激に下に落ちていっているようだ。
ぼくの目の前に岸壁のテトラポットが近づいてくる
流れが速くなった。
舟はぼくの気持ちとうらはらにどんどん進む。
流れが速くなった。それまで30メートル以上あった川幅が一気に10メートル程度になっている。
向こうで白波が立っている。
怖い!やばい!
ぼくの心臓が早鐘を打っている。
右手は岸壁テトラポット。
瀬に入った
いくぞ!ズドン!ザブン!
うわああ、なんと左手にもテトラポットがある!すすむ道幅が3メートルになっちゃった!うわあああ!
もうだめだ!
恐怖で手が止まった
そのとき斜めになった舟の舳先が水の上に出ているテトラポットの頭にゴンと当たった
ザブンンン! 撃沈!
水の中でもがいた。逆さになっている。ボートから身体が抜けない。目の前の白い泡の向こうに凶暴なカタチのテトラポットの固まりが見える。ドンと身体がなにかにぶち当たる。はやく上にあがらなきゃ。もがいてボートから出た。またなにかに身体がぶち当たる。上に出た。目の前2メートルをパドルとボートが流れている。泳ぐ。パドルをつかむ。ボートのロープを掴む。水流に流される。帽子とサングラスも一緒に流れている。足が着いた。岸に寄せる。呼吸が激しい。ハアハアゼイゼイ
しばらく動けない。やっちまった。腕が痛い。擦り傷がついている。足も痛い。でもとにかく豊田さんに追いつかないと。
教えてもらった方法でボートの水を抜き、教えてもらった方法で乗り込み、再び帽子をかぶってぬれねずみで漕ぎ出す。
心配した豊田さんが下流の岸辺で待っている。
『どこでひっくり返ったの?えっ?あそこ?そんな危ない場所あったかなあ とりあえず昼飯にしよう』
やはりベテランは落ち着いたものだ。
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擦り傷のできた左腕 |
ほうほうの体でたどり着いた岸
この写真の中央部分はるか向こうが撃沈場所 |
コーヒーを沸かしてランチ。ぼくの勲章は左手擦り傷、左足膝擦り傷、向こうずね打ち身。右足擦り傷および打ち身。そして右後頭部に5センチ大のたんこぶ。全部ズキズキうずいている。左手にはめた時計の外周リングにも擦り傷ができている。
コーヒーを飲んで一息入れたらやっと落ち着いた。そして段々怖くなった。これ以上進めるかなあ。不安。怖い。でも、ここでリタイアはできない。終点までいかねば。
『さて、いきますか』
ぼくは豊田さんにいった。
このあと、再び長い瀬と岸壁。そしてテトラポットのある急カーブが出てきた。岸に上がりコースを入念に下見。豊田さんの教えてくれたコースを頭に入れて、激流に突入!
漕げ!漕げ!
心臓がバクバクいっている。自分を叱咤する。カーブ内側を進む。クリアー。
そのあともう1回、瀬と急カーブをやり過ごし、終点についた。到着の遅れたぼくらを心配した協会長が車から飛び出してきた。着岸して撃沈報告。
『そうか、さっそく男になったか。ちょっと普通より早いな、初心者コース終了だな』
この日、擦り傷、切り傷に効くらしい川根温泉にたっぷりとつかり、ビールで乾杯!
今日の晩飯は鯛の出汁のきいた水炊きである。
ウィスキー、焼酎を飲み、焚き火をし、再びカヌーの話などを聞いて、11時に就寝。
□□ 01年10月7日
雲行きのあやしくなってきたキャンプ地をあとにして、コスモスの咲く町を抜け、焼津魚センターに立ち寄った。ぼくの定番の買い物、マグロと黒はんぺんを買い、協会長、事務局長とマグロ丼をたべて、東名高速にのった。
あっというまの3日間。あっというまのカヌー旅だった。カヌー旅はアウトドアの要素をすべて含んでいると豊田さんが言っていた。それは山旅と似ている、ぼくも思うのだった。
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コスモスの咲く川根町 |
焼津魚センターでマグロ丼600円 |